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受験生なあたし 2002.7.14
大人になりたくない・・・ 2002.3.10
あたし的茶髪論 2001.6.20
あたし的ピーターパンシンドローム 2001.1.24
ごあいさつ
マドレーヌの心象風景

こんにちは! 高校三年生になっ(てから3ヶ月経過し)たマドです。
気まぐれなもので、また久しぶりになりました。いやいや、忙しいのであるよ。自分、受験生ですから。そんなわけで今日は「大人になりたくなーいー」とか言いつつも受験勉強に励んでいるあたしの近況を聞いてください。

* 必●勝*
あたし、なんだかんだ言いつつも一応進路を定めたんですよ。未だに将来の夢とか、こんな仕事がしたいとかいうのが無いわけで、それならとりあえず今どんなことを学びたいかということを考えた結果、一番興味があるのは心理学、または哲学といったところです。我ながらなかなか現実に接していない学科を好むものだなぁと思います。ほんと社会学とか政治経済とかを熱望している人の気が知れないっつーか・・・。あ、別に非難してるわけではないからね。
それで、そのような実に消極的動機により、今年からは部活も無くなり受験生の登竜門・K塾へ週5日通い始めて、日々勉強勉強。両親も止めに入るほどの勉強ぶりです。変にプライドばっか高いもので、やるとなったらとことんやるあたしです。大学も実はかなりおそれ多いところを志望しています。学校ではわりと優等生なあたし(こんな外見でも)ですが、塾に入ってもう自信喪失。あたし、2年間何やってきたんだろう・・・って感じでした。塾ってすごいね。すんごいわ。学校の先生なんて悪いけどダメダメだね。「学校は予備校とは違いますから、学校なりの授業をします」とか言っちゃってる人が多いんだけど、高校3年生はそんなもん望んでないんすよ。ええ。今の英語教師とかひどいんですよ。異文化コミュニケーションに関する英文で、異文化コミュニケーションの授業をしちゃうの。わかる? 英語を教えてくれないんだよ。その人は今年からウチの高校に来たってんで、かなりはりきってるけど、どっかずれてて空回っちゃってる人なんだ。学校で企画した夏期講習も英語は全部その先生だから希望者はかなり少ないってウワサ。気の毒だけど、受験生的にはとにかく英語を教えてください!!って感じだからねぇ。それに引き替え授業を売っている人達のものはすごいですよ。(学校の先生だって授業して生活してるんだけどさ)それまでまともに塾なんて通ったこと無かったものだから、初めて授業を受けた日は感動のあまり帰宅して一部始終を親に熱弁してしまいました。
あ、話がそれてる。実は今日あたしが言いたいのはこんなんじゃなくてですね、とにかく学校では成績優秀なので推薦入試も考えているわけなのです。そんでもって今日、学校はもう期末試験も終わり自習時間の時、進路資料室で資料をぱらぱらと眺めていたら、推薦入試のコツ!みたいな本を見つけまして、おおこれはいい、どんなものか見てみようという具合に読み入っていたのです。すると、おじぎは45度が最敬礼☆とかハハン的内容が濃かったのですが、面接でのタブー☆の服装・頭髪はきちんと!とか、志望動機で禁句:有名だから・レベルが合ってるから・就職率がいいから・人に勧められてなどなど。で、むむ、と思ったのです。こと面接なんかに関しては自分を主張するのが大好きなあたし。いままでその態度・内容もあたしの信念に基づき一貫してきました。つまり、茶パツで行ったり、それについて主張したり、あくまであたしそのものを主張し、ウケがいいように作ることを嫌ってきたのです。その裏には「受け入れてくれないならそれで結構です。自分を分かってくれないところなんかこっちから願い下げだよ」的な強気態度もあったのです。もちろんその面接のタブー☆を見た瞬間うげ〜と思いました。でも次の瞬間悩んだのです。普通に受けたらかなり難しい第一志望の大学に推薦で入れるなら、あたしはきっと髪を黒くしていくのではないか、いくらでも向こうが気に入るような志望理由や将来の夢を準備していくのではないか、と。それで「あ・・・、なんかあたしの信念曲がってる。矛盾してるなぁ」と思ったのです。なんかショックだったよ。だからすぐに「いや、あたしはあたしを主張してこそあたしでしょ!」と教え諭したけど、「でもやっぱり・・・」ってなっちゃう。だって一学期間勉強してみて分かったんだもん。受験の現実が。なんだかんだ言いつつすっかり受験生なあたし。「そりゃ、超難関校に合格できる確率が一般受験より高いのに無茶して落ちたらやだもんね」という思考についに鋼鉄の信念も粉々にされたのであります。
別に、そこまでも受験一色になってしまいましたってことが言いたいわけでは無くてね、そんな矛盾を自覚したとのうちまどか(18)の今日この頃を伝えたかったのですよ。あー、もう眠いわ。よく分からなくてごめんなさい。勉強します。すればいんでしょ。自分、受験生ですから。

 

peaterpan
大人になりたくない・・・

 

久々に登場であります。こんにちは。
この度、またわたくしめが一枚こしらえましたので紹介させていただきます。 この絵は、ピーターパンが崖っぷち!!という、またダークな作品です。いや、苦しい状況にあるときこそいい絵が描けるんですよこれが。創作意欲が湧くというかね。以前に*あたし的ピーターパンシンドローム*を主張させてもらったんですが、この絵はその発展版です。わたくし、いよいよ4月から高校3年生になります!!最近我が高校でも卒業式が行われ、あたしもそれに出席しました。すごく身近だった1こ上の先輩達が、自分の進路を決めてそれぞれご卒業なさってゆきました。これはやっぱり、こどもでいたいと常日頃から熱望しているあたしには、大打撃であったのです。主張してばかりもいられなくなりました。「こどものまんまじゃ生きてはゆけないのだ」と、目に見えないいろんなヤツらがあたしを追いつめるのです。そうして、まだ何も見えない真っ暗な未来へとあたしをぐいぐい押すのです。幾千の星の中から一つを選んで暗闇を飛ばなければいけない。そんな感じです。
絵に関して言うとですね、真っ黒は墨汁を使ったんだけど(黒の絵の具が切れてて)実はピーターパンの背後はかなり渦巻いてます!おどろおどろしいです。もっとわかりやすく塗れば良かったけど。あと、大好きな夜空の月を描かなかったのもちょっとポイントです。
自分で描いたから当たり前なんだけど、今の自分!て感じで、お気に入りの作品です。

 

お久しぶりでございます。まどです。 またえらく間があきましたが、今日もたっぷり主張させていただきます。
今回のテーマはこちら!!(どんっ)

*あたし的茶髪論*

1:序論
 挨拶でちらりと述べましたとおり、わたくしマドレーヌはバリバリ茶パツであります! パーマもかけました! でもギャルってないよ!! これでも「お人形さんみた〜い」ってみんなに言われてるんだから!(えへっ)
 さて、ずばり、茶パツは良くないと思いますか!?
 「ギャルよ。不良よ。バカよ。コワイよ。」と思いますか。 まあ、「コワイよ」は感じ方ですけども、1つでも「うむ」と思った人、人呼んでそれは偏見ですよね。(付加疑問)
 確かにギャルのつもりで、不良のつもりで、茶パツにしている人もいます。また、バカもいます。しかし、髪が黒いバカもいますし、茶パツの秀才だっています。・・・まぁ、ここで言う「バカ」は学力の問題だけじゃないけども。おそらく「うむ」と思った人は、ギャルが・不良が・バカが、茶パツだったのを見たのでしょう。それゆえ茶パツの人間はギャルなのだ、不良なのだ、バカなのだ、と決めつけておいでのようです。
 はい、今日から改めてください。少なくともあたしは、ギャルでも不良でもバカでもありませんよ。

2:本論
 まず、いつから、なぜ、あたしが茶パツなのかをお話ししましょう。
 それは実はうまく言えないかつ、話せば長いんだけど、うーん・・・。
 あたしは中学受験をしました。(突然昔)で、めでたくT蔭学園に入学したわけであります。(ほら、あの、すごいとこ。核シェルターとかありそうな・・・)それで一ヶ月もしないうちに登校拒否が始まって、中二の二学期くらいに、家から徒歩3分の市立中学に転入したんだけど。(展開速っ)・・・まぁ、これについてはまたの機会に。長いんだよ。いっぱいしゃべりたいこと出てくるし。
 って、そんな感じで色々あったわけですよ。人生苦がね。で、一応転校という形で登校拒否から脱したわけなんですが、そこにはあたしが出会ったこともないような興味深い人間がたくさんいまして。やっぱ、私立はさぁ、似たような学力で、無難な人間が集まってるじゃない? それに比べて公立の中学はというと、実に新鮮で。頭良いのも悪いのも、マジメも不良もみーんないるわけよ。その中であたしは色々な影響を受けて、何て言うか、あたしらしさを取り戻したのね。それどころか登校拒否っていう大きな経験を終えて、自分自身、すごく成長したのが分かって、何かが開花したんですよ。新生あたしって感じで。新しいことに挑戦したかったし、なんか生まれ変わったあたしみたいな・・。そういう気持ちが、あたしの場合は髪の色を茶色くするという行為に出たわけで。別に悪いことするとかいう意識は全く無かったね。(たぶん親も)それが転校してから1年ぐらいたった、中3の夏ぐらい。 ・・・
 どうしてそうなるんだー!?と納得いかない人もいるかとは思うけどね。あたしは、それまでっていうかずっと、ルーズソックスとか、茶パツとか絶対やだなって思ってたのよ。でもそういうのですら自らやってみたくなって、なんつーか、ものの見方が基本的に変わってきてたんだと思う。好きな色とか系統とかも大きく変わったしね。んで、自分自身それがすごくうれしかったの。だからあたしにとって髪の色を変えたことは誇りなんだ。おおげだけど。
 でも中3の夏って言ったら高校受験間近じゃない? 周りはいわゆる「そろそろ黒くしようかな」っていう時期だったのさ。だから色々言われたけどね。「何で今頃染めてんの?」とか「あいつバカじゃねーの?」とか。でもあたしは気にしなかったよ。何たって誇りだからね。
 で、どれくらいあたしが自分の茶パツを愛しているかというとですね、そりゃぁもう、一流なんですよ。まずそのみんなにバカにされた受験ですが、もちろん黒く染め直したりなどいたしませんでした!! まぁ、幸いあたしは成績優秀で、それもあるかなとは思うけど。三者面談でも何度も相談しました。「あたしはできることなら染め直したくないんです!」と。先生は、「私はいいと思うけど、高校もそう思うかどうかはわからないから、なんとも言えないわ」と、つまり自分の好きにしなさいとおっしゃいました。で、好きにしました。(親絶賛)そして見事第一志望の例のK和高校に合格したんですね。
 あ、ちなみにいうと、私立のO美林学園(そのままじゃん)も茶色で合格しております。(面接あり。そう、面接で何か言われたら主張してやろうと思ったのよ! そしたら10人ずつくらいで5分で終わっちゃって、頭髪については何にもつっこまれなかったのね。だから何にも主張してないし、そもそも茶パツであることに気付いているのかさえ疑問だったっつう話)
 高校生活の第一歩ももちろん茶色いまま。受験をこれで通したんだからこんなのヘでもありませんわよ。
 で、次にバイト。むかーし言った覚えがあるけど、あたし冬休みに郵便局(健全)でバイトしたのね。友達の誘いで思いつきみたいに面接会場へ行ったんだけど、面接官のおじさん(最初ビビッてたっぽい)が他愛もない質問を一通り終えたところで「それで・・、髪の色なんですけどねぇ・・・」と、何とかなりませんかね風に言ってきたのです。あたしはその時初めて「バイトの面接に茶パツで来てはいけなかったのか」とハッとしました。でも初めて他人に主張するチャンスがやって来たのです! 逃すもんかと「ちょっと(長くなりますが)いいですか!?」と意気込んで言いました。そして長々とあたしの誇りについて語らせていただきました。するとおじさんは『人を外見で判断するのは良くない』と言ってるのだと思ったらしく、「もちろんそれはそうさ・・おじさんは分かってるよ」みたいにいちいちうなずいていました。あたしはそんな単純で誰でも言いそうな事を言ってるんじゃないんだーーー!!
 結局採用されたけどね。でもそれもあたしの力説が効いたからとも言えないようで、バイト学生にはたくさんの茶パツがおりました。
 そんな茶パツ道を貫いてきたあたしにも1度折れたことがありました。それは、わたくしが所属する吹奏楽部の夏のコンクール!! 去年はコワイ先輩に「アンタ髪黒くしないの?(低く)」と言われ、地区大会、県大会、東関東大会と、次に進んでいくたびにその日1日スプレーでわたくしの誇りを真っ黒に塗り潰したのでございます。でもそれは先輩が怖かったからじゃない!! 断じてそんなことでは折れないのです!! わたくしが折れた最大の理由は、それがわたくし一人の問題だけには収まらないということ。あたしが布教をしているにしても、世の中で茶パツを認めてくれる人はまだわずか。もしもあたしの信念をあたしだけの為に貫いて、そしてそれが審査員のわずか一人にでも気に障ったとしたら!! そしてそれが万が一審査に影響したなら・・・!! そんなことはあり得ないと心の中で文句を言いつつも、その万が一のために、みんなのために黒くせざるを得なかったのであります。何も髪だけではござらん。ルーズソックスで出たって、誰が音楽の採点にマイナスをするでしょうか。けれどそれが暗黙の掟。今年ももうじきやってくるよ・・・。
 そしておんなじような系統で茶パツ論争が、まだ新学期も始まらない頃起こりました。我が部は毎年春に定期演奏会なるものが催されます。これは私達が自分で開く自分たちの演奏会であり、コンクールが終わってからというものずっとみんなで準備・練習してきました。そして当日の衣装などを話し合っていたとき、「茶パツはいいのかという意見がきています」と話題がふられました。その意見は例のコワイ先輩が口うるさく言ったらしいです。実は彼女もあたしほどでは無いけど髪を茶色く染めており、自分は当日黒くすると意気込んでたのです。そして論争が始まりました。染め直し派はコワイ先輩を筆頭とするその仲間達。茶パツ派はぽつりぽつりと生息する現役茶パツとその友達でした。わいわい話し合っていた空気が急にシーンと冷たくなりました。染め直し派は「コンクールで黒くして定期演奏会では黒くしないのは、定期演奏会を軽く見ているのではないか。定期演奏会への心構え・真剣さが欠けている。」との指摘でした。それに対して茶パツ派の反論は「コンクールもあまり黒くしたく無かったけど定期演奏会は採点とか審査とかが無いので」というものでした。だいたい髪を黒くするかしないかで真剣さが欠けるだの言われても気持ち上のことでこっちは反論のしようがないし、黒くしたくらいでいつも適当な理由で部活に出たり出なかったりする先輩に、自分は真剣だと言われても冗談じゃない。しかし染め直し派は更に「アンケートでもスカート丈についての指摘が書かれたり、学校のイメージに関わるから」と言ってきました。それに対し茶パツ派はみんな結構受け入れる姿勢でした。あたしほど茶パツを貫こうと思ってる人はいないようでした。でもあたしは何も言えませんでした。何か言おうとすると泣いてしまいそうで、必死で涙をこらえてました。茶パツの何がいけないのか。今さらイメージったって、あたし達は普段これで生活してて、これがK和高校吹奏楽部の姿でしょうっ。いつも悪いことしてるワケじゃないし、部員も誰もそんな風に思ってなんかいないはず。言いたいヤツには言わせておけばいいじゃないの、これはあたし達の演奏会でしょ!? あとからぽんぽん吐き出される言葉。何であのとき言ってやれなかったんだろう。くやしいくやしい! 自分が情けない!! 自分の言いたいことを言葉にして言える人になりたい。
 話し合いをしきっていた人も曖昧で、あえて強制的に黒くさせるという方法はとりませんでした。結局、「アンケートとかにそういう風に書かれたとしたら迷惑だと思うか、別に迷惑じゃないかだけ聞きます」といってみんなは手を挙げさせられたの。それもその人数によって何が起こるわけでもなく、基本的には個人の自由にまかせるという実に曖昧で無難なものでした。そして結果は、別に迷惑とは思わないという人が大多数だった。その瞬間を見て、それだけでついにあたしは泣いてしまいました。
 論争は茶パツ派が勝ったかに思われたのに、周りの茶パツはなんとみんな染め直すと言い出したのよ。ああいう話し合いがあったからには、黒くするのが当たり前みたいにみんな思ってるの。染め直し派もね。あたしはもうこのまま出るつもりでいたのに。「かっこいいね」「がんばってね」あたしの生き方に続く者はいなかったよ。
 結局茶パツのまま出たのは、一番茶色いあたしだけ。でもあたしはあたし。茶色くってもあたし。茶色いのがあたし。あたしは間違った事はしてない!! だからアンケートだって1枚も茶パツを否定してるものなんてなかったよ!!

3:結論
  あたしの茶パツにかける情熱がおわかり頂けましたでしょうか。こういう真剣な茶パツもいるんだって事をほんのちょっとでも気にかけておいてもらえると、ほんのちょっとだけ茶パツの見方が変わると思います。いや、でもこんなに真剣な茶パツもあたしくらいだけどね。何たって誇りだし! みんなまだダメね。茶パツがいけないことだって、本人が思ってるんだもん。茶パツを恥じちゃダメ!!  それじゃ他の人には伝わらないんだから!! そんなの茶パツにする資格ないわ!ぷんぷんっ。
  結局あたしはこれで何が言いたいかといいますと、やっぱり自分の事なのです。あたしに茶パツの人間全員の弁護はできません。だって同じ茶パツから見てもあの子バカねって思うバカな茶パツいっぱいいるもん!! だからとりあえずあたしはその一員でないことを分かってもらいたいと思います。いいでしょ! あたしを分かってもらうコーナーなんだから!!

 あたしは人に恥じるような間違った生き方はしていません!!  2001.6.20

 

明けましておめでとうございます。

いやあ、挨拶を書いたきりで気付いたらとっくに21世紀になってしまっていました。
違うよサボってないよ! 忙しいんだよ!! あれからテストだなんだと続き、部活もあり、冬休みは何とあたしはバイト初体験!! 高校生おなじみ郵便局の年末年始バイトです。いやー・・・、大変だね(涙) 働いてお金をもらうということがどれだけの事か、やや分かりました。お父様お母様ありがとう!! でも郵便局の人々は楽しく優しい人ばかりで、楽しくお仕事させていただきました。

さてと、年末はクリスマスがあったり、行事が続いておりましたが、そんな中でふと思うことがあり、栄えある21世紀初・・・というかホントに初の、あたしが語るテーマが決定しました。

* あたし的ピーターパンシンドローム*
あたしのモットーは、というかただのワガママだけど「楽しくない事はやりたくない」です。つまり自分が好きな事しかやりませんよ!ふーん!って事であり、おいしくないものを食べたくないのと同じであります。よってとのうち家最強の食わず嫌い並びに好き嫌い王を誇っているワケであり、好きなものはホントに好きで、それしか食べない勢いです。部屋の掃除ヤだなと思ったらやりませんし、学校ヤだなと思ったら行きません。
「何言ってんだい、そんなんで社会にでれると思うのかい!? 『イヤ』で通らねぇ事もあるんだよ!」と思ったあなたはごもっとも。誰だってイヤな事もやらなくてはいけない。その例として真っ先に浮かぶのが、世の大人達でございます。仕事がイヤでイヤでしょうがなくてもやめたら生きていけない。しかもほとんどが自分一人のためではないから。あたしもお父さんお母さんを尊敬してます。ホントに。何かをイヤでやらないっていうのは、子供だからできる事だよね。だからあたしは大人になりたくないの。楽しくないからやりたくないって、つまり楽しくないと続かないんだよね。そのせいで塾はもちろんピアノに習字にプール、あと英会話、いろんなおけいこ事やめたなぁ・・・。どれも最初はやりたいって言ってやり始めたんだけど。本当にただのワガママなのよ。だからこれもワガママで、あたしはワガママに生きたいのよ!! 大人になるくらいだったら、学生のうちに死んじまいたいくらいよ。もちろん、そうならないように、好きで好きでたまらなくてこれをやりたいがために死ねない!みたいな仕事、というか、それがあたしが生きてゆく理由になるもの、「生きがい」って言うんだろうな。そんなモンを見つけたいと思ってるんだけど。逆に言うと、そういうのが職業になってくれると助かるんだけどねえ。
「まーたそういう夢見心地な事言ってぇ!」と思ってるんでしょうが、どうせですよ! それが通らないとか言っちゃうような、夢のない大人にもまたなりたくないんだわよあたしは!

最近行事続きで思うこと、それは、「小さい頃はもっと楽しかったのに」です。何であんなにも何もかもが楽しかったのか、だんだんそれが普通になって、行事でさえもただの1つの行事として過ぎてゆきます。・・・分かるかなー。表現しにくいんだよぉ。
クリスマス、我が家では毎年恒例のパーティーが催されました。ケンタッキーに手巻き寿司にシャンパンにチョコレートケーキ、という恒例のメニューでございます。あたしも「これでこそ我が家のクリスマス!」なんてわくわくしたもので。だけど何か、楽しくない。パーティーは楽しいものだとわくわくしていたのに、その期待を裏切って、パーティーは楽しくなかったのです。もちろん肉も寿司もケーキだって大好きな味。いつもと違う雰囲気に新鮮な楽しみがありました。だけど、なぜか冷静に見てるあたし。なんか、楽しくない。
また、お正月にはおばあちゃんの家でこれも恒例の新年おせちパーティー。大好きな唐揚げや、おばあちゃんの家でしか食べられないおいしい刺身(おせちは嫌い)。いつもと変わらないのになんか楽しくない。
これは別にいつもおんなじだから面白くない、ってワケじゃないんだよ。あたしが、どんどん忘れてきてるってこと。小さいときの気持ち。
それは成長してるんであって当然だけど、なんか、さみしかったんです。小さいときの方がもっと純粋で、ただ何もかもが楽しくて、その時どう思ってたかは覚えてないけど、今のあたしは、昔のあたしを恋しく思うよ。
それは3才5才の話だけじゃなくて、中学の時だって。
どんどん忘れてる。昔感じた楽しさ、苦しさ。心から泣いたときの気持ち、涙のあとに得たものの大きさと感動、もう忘れてきてるよ。どんどん大人になってるよ。
あたしは子供は好きな方じゃないけど、小さいときの、あたしが今までに感じてきた気持ち、感じ方、大好きなんだ。ずっと覚えていたい。
やっぱりそういうのって成長するにつれて無くなってくと思うんだよね。 もちろん成長したからこそ得たものもあるけど・・・。でも!

そう! 以上によりあたしは大人になりたくないん、だーーーーー!!  だーーーっもう、ヤダったらヤダーーー!!          2001.1.24

 

院長最愛の娘、まどです。こんにちは〜。
「ホームページで文書いてよ」と頼まれて「うん」と言ったものの、ほったらかしでずいぶん経っちゃったよ。ゴメンっ(ぶりキャラで)  ここでは物事に対するあたし的考え・主張をバリバリ言ってゆきます!
我がとのうち家では、夕食時によく一家族としては濃い内容の会話が交わされます。 これがまた誰の血が出たのか院長筆頭にみんな語るんだー。 そんな中からあたし的物事の考え方を買われてか、ひとつ部屋を設けたわけでありますっ。
それではあたしの自己紹介を。
マドレーヌという愛称で慕われている現役茶パツ高校生なあたしは、こう見えても優秀なのよ。あ、ちなみに病院からすぐそこの高校通ってるんだけど(いや、ほんとに) マジメだから!(ほんとだってば) スカートとかあんまり短くないし!(だって、女の子だもんっ) ケバい化粧とかしてないし!(あれはまずいよねぇ) たまに病院終わる頃お掃除に来てるから、もし見かけたら心の中で「あーあれかー」って思ってね。コワイ人じゃないんで。髪で判断しないように!
こう見えてもかなり感受性が強くてねぇ、性格占いではどれにもそのように書いてあったりしてね!! 長崎ハウステンボスでやったよく分かんない星のなんとかってヤツでは、何たって「天性のヒューマニスト」なんて出ちゃって、照れるね! 涙もろくてちょっぴりワガママな花の16歳!!(少女マンガ風に)
まぁそんな感じで、あたしがどんな人間なのか、この部屋で分かって頂きたいと思いまっす!!

hands & haearttears
1枚の画用紙の表と裏に描かれた絵。

前々から載ってるこの二つの絵は、色鉛筆で7月にあたしが描いたものです。 池谷先生のコメントついてるけど、あたし的この絵の説明をしておきましょう。
* たくさんの手がハートを押しつぶす絵*
あたしにはよく、気持ちの波があるんだけど、これをかいたときはブルーなときだね。高校入ってから部活やってて、それが一週間ぶっ通し休みなしのハードさで、学校がない日なんて朝9時から午後3時まであんだよ!! のんびり屋のあたしには耐え難いものでしたねぇ。でも周りのみんなとかすっごいマジメに部活出てたりして、先輩とかも部活LOVEって感じで休もうと思っても休めないのね。学校自体もあんまり楽しくないし、何やっても意味が感じられないってヤツですか。ちなみにハートがのってる皿みたいなのは特に意味無いんだけど、押さえつけるのになんか必要だと思って。でも皿にのってるとちょっと大切な感じも出てない??
かいた時のコメント:「涙はハート(心)が押しつぶされてしみ出す」と感じました。上からたくさんのストレスや悲しみがハートに圧力をかけます。そうして今にも押しつぶされそうになったハートがいます。そこにいつもはなんでもないと感じるような事でも、ハートへの圧力が限界になって涙がしみ出ます。ほんの小さな事でも、なんでもない時にも最近よく涙が出ます。
* 目隠しの女の子の絵*
ハートの絵の後にかいた絵。悲しさ苦しさ100%のあれに比べると、逆に癒し系って感じだね。たぶんあの絵をかいたことでちょっと楽になってるんだと思う。絵に関して言うとー、涙をただ水色とかでかかなかったのがあたし的ミソ!(担任がよく使うセリフ1「ここがミソ」) よく見るとマーブルっぽくてキモイけど、涙というのはなんか・・・、ただ者じゃない感じ? 神秘的・・・っていうか、すごい意味あるような、重要っていうかそんな感じで、ただ涙にしたくなかったの。
かいた時のコメント:この絵は自分でもよく分からないけど、女の子は暗闇の中で、手探りで何かをさがして苦しんでいる。苦しんでいるから光をさがしているのかも。でも暗闇は、実はその子が目隠しをしているだけで、他の人から見たら、それをはずせば済むことである。でもそれができないその子は、自分が目隠しをしていることに気付いていないのか。本当は気付いているかも知れません。また、人というのは世間で言われるほど冷たい生き物ではないから、苦しんでいる人がいたら必ず誰かが手をさしのべます。私も、放っておけないと思うでしょう。
答えは自分でさがすものというけど、あったかい手がいてくれてもいいと思います。その手があってこそ安心の中でみつかる答えもあると思います。そしてあったかい手というのは意外とすぐ近くでかまえていたりするものです。 この二つの絵は表裏一体というか・・・、それで一枚の紙にかきました。

池谷先生のコメント
「何でもないはずなのに涙がでる」
 本来自分がもっているエネルギーは、自分自身のために快適な使い方をしたいのですが、いくつかの手によって押さえつけられているために動きがとれず、窮屈で不自由になっています。次から次へと押し寄せてくるエネルギーの波は、外からの圧迫のように本人は受け止めていますが、実は自分の内側から起きていることであり、自分自身の手でもあります。彼女にとってとても大事なエネルギーで、これを味わうことにより自身のバランスをとることのヒントになっています。外からの異質なエネルギーへの用い方について、彼女なりの術を考え始めるでしょう。真の自分のエネルギーの出場所が見つかれば、自分らしさを取り戻せるのですが、今、葛藤の真っ只中にいます。破片は痛みであり、しぼり出すようなしずくは悲しみです。手でぐっと押さえつけているハートは競争心や負けず嫌いの表現で、迫力があります。逆に見るとハートを支える底力があります。見方、思い方、考え方はすべて本人に任せられているところで、そのいずれか選べる道は備えられています。
「やさしい手が傷ついた手をつつむ」
 心からの癒しを求めている様が感じられます。目隠しの少女は本人を象徴しています。自分自身の内省に向かっています。目隠しをすると(目を閉じると)内面の世界が見えてきます。自分はどうしたいか、暗闇の中にこそ光を見出していくでしょう。涙は心を溶かし、浄化されていく様子を表しています。少女の手の赤いすじは血液であり、生きている実感を苦しみの中で感じています。傷ついた手にはやさしさが染みていくことでしょう。研ぎ澄まされた感性の持ち主です。
 二つの絵は対称的な心を表現しています。外面に向かう姿と、内面に向かう姿、どちらも少女の在りようです。

 

池谷信子先生のご紹介
静岡県島田市で「島田こども相談所」を主宰されているカウンセラーの先生です。 日本児童画診断士でもあり、絵画や色彩の診断の眼力は驚きです。ご自身の相談所でカウンセリングを行うかたわら、カウンセラーの育成や各地での講演会など、幅広くご活躍されています。著書に「涙の結晶」や「こどもの涙と笑顔」があります。